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ここはその名の通りサラリーのブログです。  宇都宮高校地理部のサラリーが書いています。 このほかにも、サラリーな試験場というホームページもあるのでそちらもよろしくお願いします。 あまり見ていると時間の無駄ですので、ご注意ください。
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2年前までは量販店の隅っこに置かれていたLED電球も、今では蛍光灯コーナーと分離して、通路側の目立つ所に大々的に展示されている。
テレビCMもたくさん見るようになったし、そろそろ買い時かな~って思っている人も多いかもしれないけど、私はまだLED電球の購入は早いと思っている。

まず、LED電球は暗い。今多く普及しているLED電球は300~500lmのものなのだが、普通の54W電球は810lmである。特に電球色のLED電球は昼白色のLED電球より暗いことが多く、300lm台であることが多い。消費電力は6Wほどだ。
それが電球型蛍光灯の場合は、パルックボールプレミア、ネオボールZリアルプライドの電球色がともに810lmを10Wで実現している。つまり今の所は電球型蛍光灯のほうが省エネなのである。同じ明るさを実現しようとすると、電球型蛍光灯をLED電球の寿命分用意してもLED電球のほうが高くつく。

つまり現在は電球型蛍光灯のほうが省エネで安いと言うわけだ。世の中がLED電球一色なので、このような記事を書いたのだが、LED電球には立ち上がり性能が高い(つけたらすぐ明るい)ことや点滅に強い、製品一つの寿命が長い、などの特徴があるためトイレなど頻繁に点滅させることの多い所や天井が高くて電球交換が難しい所にはLED電球が向いている。
その上LED電球の昼白色は電球色よりもランプ効率が高く、蛍光灯に迫ってきている。なので、昼白色の照明が欲しい場合はLED電球のほうが良いだろう。

LEDは理論的に蛍光灯の2倍の発光効率を実現できると言われているので、私はLEDの発展をゆっくり見守っていく。
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ある人がこのようなことをもらした。「大食い大会で一人の人がたくさんの食べ物を食べてしまうのがもったいない。その食料があれば多くの人を救えるのに。」と。確かに食べ物を粗末に扱っていてもったいないと感じることがあるが、この心配はいささかナンセンスである。

大食い大会が食事ではなく娯楽の一つであることは、その大会特徴からし見ての通りだ。この娯楽と言う所がミソで、そもそも娯楽と言うのは無意味なことやムダなことに力を入れることに喜びをみいだすところがあるように思う。
たとえば、旅行やゴルフは生きるうえで必要のないことだけれど、わざわざ車を走らせて行ったり、自然を切り開いたりして楽しんでいる。テレビやパソコンだって、商品を生産したり、電気を消費したりして楽しむものである。
大食い大会もその一つで、出演者が食べ物をムダに食べるのを見て、視聴者が面白がっているに過ぎない。娯楽にはいつもムダがつきまとうものだ。

ただ、大食い大会の場合は、その対象が食べ物であるからもったいないと思うわけで、逆に言うと、地球環境や資源をムダにしている場合にもったいないと思う心がたりないと言うことになる。

人間が生きる中で、ムダが発生しないことはありえない。
食べ物がもったいないとテレビ番組に文句を言うくらいなら、テレビ局は「残った食べ物は大食い選手がおいしくいただきました。」とテロップを出して、見ている人はもっとほかのことのムダについて考えれば、すべて丸く収まるのである。
中学高校と、学校でいろいろな先生に会ってきた。教える内容をよく考えて、生徒のために精一杯教壇に立つ先生もたくさんいるが、中には授業が眠気に耐えるだけになってしまうほどつまらない先生もいる。このような授業では関心が先生に向かないので学習内容が身につきにくい。授業に出席するより自習したほうがためになるのではないかと思うほどだ。

念のために言っておくが、厳しいことがすなわちつまらないと言うことはない。厳しくても生徒思いで、いかに授業を生徒のために行うかを考えている先生も多い。内面がやさしいからこそ、外面が厳しく見えるのかもしれない。

つまらない先生の特徴としては、授業が単調なこと、生徒に干渉しないこと、授業が下手なことなどがある。
授業が単調と言うのは、ただ教えるべき内容を読み上げて板書するだけで、生徒に知ってもらおうという工夫が感じられない。生徒に干渉しないことも同様に、生徒を無視した授業になりがちで、聞いている側は退屈してしまうものだ。
授業の上手い下手は、やはり先生によってまちまちだが、授業がつまらない先生と言うのはたいてい教え方が下手である。

これらすべての原因に共通することは、生徒のことを考えていないことだろう。言い換えると自分のためだけに授業をしていると言うことになる。まさか、給料がもらえれば生徒はどうなってもいいと思っている先生はいないだろうが、生徒をないがしろにしたような授業をしている先生は少なからず存在する。
そうすると、生徒のために授業を改善する気も怒らないわけで、これでは授業がいつまでも下手なままで、上達しないのも当然である。

私の経験だが、授業終了後も平気で授業を続ける先生は、つまらない傾向がある。それは、生徒の休み時間を何とも考えていないことを意味する。授業が面白い先生は、ごめんね、と言いながら足早に説明を終わらせるものだが・・・

こんな記事を書いていると、生徒のくせに先生の悪口を言っているぐらいなら勉強しろと言われてしまいそうだが、授業の面白さと成績は直結するものなので、面白く授業をしてくれることが何よりである。
4月はいろいろなテレビ番組が変わるもので、そんな中、私のよく見るニュース番組のWBS(ワールドビジネスサテライト)も大きくデザインが変わった。

今までは黒を基調とした落ち着いたデザインだったものが、水色を前面に出した明るいデザインになった。このデザインを見て最初に思ったのは、高級感がなくなったということ。今までWBSと言えば、夜にやっているまじめなニュースというイメージだったが、今のデザインは突然明るい印象に変わって別の番組を見ているかのようだ。

このように、今まで慣れ親しんできたものが変わってしまうと、何かをなくしたようでさびしくなってしまう。私はもう二度と戻ってこないという感覚がどうも嫌いで、ブログもホームページもデザインを変えていない。そろそろ変える時期に来たものかと思ったこともあるが、変えるデザイン案が見つからないという問題を解決しなければ考えても意味の無いことであった。

ちなみにWBSはいろいろな社会現象、企業の商品などを深く解説してくれるのでとてもためになる。これからもぜひ続けていってほしい。
新しい学校に入ったとき、学年が上がってクラスが変わったときにどんな友達ができるのかとてもわくわくする。
しかし、同じクラスでもほとんど付き合いの無い人もいる。この違いは何だろうか。
たいていクラスの中では、仲のいい友達の輪がいくつかあって、自分もどこか一つに交わっている場合が多い。いったい友達の輪はどのように決まるのか・・・

こんなことを考えながら友達を見渡してみると、ある一つの考えに行き着いた。それは「運動能力で友達の輪が決まる」ということだ。
私の小学校、中学校、高校でも当てはまっているようなので、それほど見込み違いな意見でもないだろう。
私は昔からとても運動ができないほうで、周りには運動のできない友達のほうが多い。自分のクラスを見渡せば、運動のできる人たちが一緒になって盛り上がっている様子を見ることができる。私の経験ではほとんどの場合に当てはまっているが、この説がどのぐらいの事例に当てはまるかはわからない。

それにしてもなぜ性格でも勉強でもなくて運動が決め手になるのだろうか。
私もはっきりと言うことはできないが、体育の時間に運動のできる人が試合のなかでコミュニケーションをとることによって仲良くなる、ということは理由の一つだと思う。ただ、体育の時間の会話だけで友人関係が決まったかと言われるとほかにもっと大きな要因があると思う。運動が得意な人と苦手な人との趣味の違いも友人関係を決める要因になっているのではないかと思う。

そもそも運動能力によって友人関係が決まると言う説自体が確かなものではないので議論を進めること自体が間違っているかもしれない。皆さんも自分の周りを見渡して考えてみてはいかがだろうか。
今まで制作を続けてきた「宇都宮高校地理部」のサイトが完成しました。

宇都宮高校地理部

地理部の情報以外も多くなってしまいましたが、これからはこのサイトのコンテンツも増やしていく予定です。
国もCMもエコカーエコカーと言って、どんどんエコカーへ買い換えるように言っているからやっぱり買い換えたほうがいいんだね、と思っていたけど実際にはそうでない場合もあるということがあることを知った。

たとえば新車のハイブリッド車は、燃費はいいけど製造時にたくさんのCO2を出す。一方で中古車だと、燃費は悪いけどすでに流通しているものだから、製造時のCO2は0ということになる。つまり少ししか車に乗らないんだったら中古車のほうがエコだってこと。(ちなみに10万キロ以上走るなら新型ハイブリッド車のほうがエコだという試算が出ていた。)

たしかにたくさん車に乗るなら新車のほうがエコだけど、そんなにたくさん車に乗るんだったら、新車か中古車かという問題ではなく車に乗ることを減らそう!って話になる。だから車に乗る回数を減らして中古車に乗ったほうがエコだというわけだ。

しかしよく考えてみると、新車が売れなければ中古車も出回らないし、自動車メーカーも開発がおろそかになってしまう気がする。これはいくらエコでもだめだめである。新車を買ったほうが将来的にはエコになるかもしれないような気がしてきた。

私はCO2の試算を出すことができないので、はっきり言うことはできないが、車のできるだけ環境に負荷をかけないで使うには、今あるものをきちんと使って、必要なときだけ新車を作る、というのがよさそうだ。


ここ3,4ヶ月のこと、いつのまにか通学路の途中にカラスが増えていたようだ。
最初は登校中に地面に広がるフンにびっくり!電線の下に沿って道路が真っ白になっているではないか。それまで半年ぐらい通っているけどこんな風になったのは初めてだ。しかし朝は鳥の姿が見当たらない・・・

学校が終わって家に向かう中、空を見上げるとカラスが自転車の上を飛び去っていく。一匹ではない、何十匹もだ。いったい彼らがどこへ向かうかというと、朝来た道路の隣の森のようだ。寝床にでもなっているのだろうか。

まさか家の近くにもこんなにカラスが増えているとは・・・まあたぶん自然の状態じゃこんなに増えはしないだろうから人間のせいだろうな。(自然に増えた可能性も完全にないわけではないが・・・)これからのためにも原因を調べてほしいな~宇都宮大学さん!

人間が町を作るからには自然に配慮しないとだめですなってことがいやでもわかりました。
「あなたの子供を東大生に!」またテレビで英才教育番組をやってたよ。ここ数ヶ月の間にずいぶんよく見る気がするな~。ブームにでもなってるのか?
子供の脳は6歳までに決まる!とか子供に遊ばせておきたいおもちゃとか、今のぼくに言われても悲しくなるだけなんだけどな~

昨日は、東大生の子供のころの習い事というのをやっていた。内容は、一位スイミング、二位ピアノ、三位書道というような感じだったはず。(うろ覚えでごめん。)番組が言うには「スイミングは楽しく集中を養えたり、記録が数字で出ることで、自ら努力することができる子供になる。」ということらしい。

そうかそうか、スイミングやってれば頭良くなるんだな・・・・って本当か?どう考えてもスイミングやってたから頭良くなったって話なんか聞いたことないぞ!というわけで早速調査開始。
まずは「習い事 子供 ランキング」で検索。いろいろなサイトを見てみると・・・スイミング、ピアノ、英語、習字などはランキング上位に入っているではないですか!東大生でも誰でもスイミングをやってるんだよ!

まったくあてにならない調査でした。テレビ局って案外いい加減なものですね。子供を育てようとしている親がそのまま受け取ってしまわなければ良いと思いました。こんな適当なテレビ番組に取り上げられる東大生もかわいそうです。
(注意 スイミングをやらないよりはやったほうが子供にいいと思います。)
そろそろ髪の毛切らないといけない、と思いつつめんどくさいのでまだ行っていません。ところで、10分1000円床屋ってとてもわかりにくい料金体系だと思いますよね。

最近テレビでとり上げられていたときに、「たった1000円ですばやく終わる。」というようなことを言っていました。私は今まで10分あたり1000円なのかと思っていたので早速調べてみると、10分1000円の床屋のホームページのよくある質問コーナーで一番上に載っていました。
内容は「10分1000円は目安であり、10分を超えても追加料金は必要ありません。」とのことです。わざわざ説明するぐらいならもっといい店の名前なかったのかな?インパクトで無理やり名づけてしまったのかも。

10分1000円床屋は、目立つ上に安く回転率も高いのでなかなかよさそう。いいアイデアだと思う。残念なのは私の住んでいる家の近くにはないということ。
あけましておめでとうございます。
ブログもホームページもあまり更新していませんが、2010年もあまり更新で競うにありません。
いままではブログとホームページの役割がしっかり分かれていなかったような気がするので、これからはブログはくだらないこと、ホームページはまじめなことを書くというように分けようかと思います。(もちろんそんなに厳密ではない予定です。)
最近、環境問題対策反対派が言っていることがあやしいことに気づいた。

「環境問題対策は経済発展を邪魔する。」という話は、政府のエコポイント(エコじゃないけど)と同じで、目先の発展を優先しているだけだと思う。今のうちに対策しておかないと将来もっとお金がかかることになる気がする。

それと、環境に負荷をかけないように協力を求めると、「どうせ一人が行動しても変わらないよ。」と言われることがあるが、これもうそをついている気がする。一人が行動すれば一人分は確実に良くなるわけで、変わっていないわけではない。変化がわかりにくいだけだ。
やはり環境問題にはしっかりとした対策が必要だ。
よく学校で普通じゃない人だなあ、と言われる。普通でない人に言われるのだから相当特殊なのかもしれない。そんなことを言われるたびに、そもそも完全に普通の人と言う存在はないだろうと思ってしまう。

社会の中で普通というものが決められて、それが大いに求められているような気がする。それは学校でも同じ、だから普通でない人はいじめの対象になりやすいだろうし、何かと特別視される。人間には良くも悪くも個性があるのに不思議なことだ。

人間の個性が多彩なことはいいことだと思う。いろいろな考え方があるほうが世の中が豊かになると思う。もちろん、「犯罪大好き」という人を個性だからといって放っておいたら大変なことになるので、世の中でやってはいけないことをちゃんと定める必要はあると思う。でもそれをやりすぎてしまうと生きにくい社会になってしまう。

普通に生きるか特殊に生きるか。なかなか決められない問題だが、私は日常生活や人間関係では普通に、勉強や能力の面では特殊に生きるようにしてみようと思う。
今年はオリオン座流星群にしては珍しく、一時間に数十個の流星が流れたようだ。(いつものように国立天文台に詳しく書いてある。)私も観測してみたが、時間帯や空の明るさもあってか、一時間ほどの観測で2個しか見ることができなかった。

それにしても今回のオリオン座流星群はテレビなどでも良く取り上げられていたようだ。たぶん珍しく活発な出現があるのと、オリオン座という名前がわかり安井だからだろうか?流星群を見たいだけならわざわざ地味なオリオン座流星群を見るよりはもっと普段から活発なものを見たほうがいいような気がする。

今年はオリオン座のほかにもしし座流星群が活発になるかもしれないとのことで、それを観測しようと思う。一晩中おきているか、朝早く起きるか極大が平日なのは少し残念である。
テレビを見ていて気になったCMがある。たとえば「吸引力がまったく落ちない。」というものや「新型インフルエンザウイルスも100パーセント殺菌。」というものだ。(ユーモアで表現しているようには見えない。)

これらはいかにも科学的で商品が完全であるかのような記述だが、少し引っかかる表現だ。私は、科学者だったら100パーセントや完全という言葉は使ないのではないかと思ってしまう。

いくら商品に自信があっても完全という表現を使うと誤解を招きかねないと思う。もちろんCMの表現があやしいからと言って商品が悪いわけでもないが、CMは商品購入に大きな影響を与えるので、このような表現には気をつけないといけないと思った。
2009年のABUロボコンは東京で世界大会が開かれた。国内大会と東京大会をテレビで見たので感想を書く。

今年のルールは、自動と手動のロボット2台の間につるされた籠(といっても板)に小型ロボットを乗せて、坂とポールを通ってどれだけ早く太鼓を鳴らすことができるかというものだ。

たぶん自動ロボットと人間(手動ロボット)との強調と、ロボットにゆれる籠を扱わせるのがメインテーマのルールなのだろうが、見た目は白熱した戦いにならず、短時間で終わってしまうので少しつまらなかった。
国内大会では、なかなかゴールが出なかったのでルールとしては難しいのだろうが、ロボット同士が邪魔しあったりもせず、一回一回の戦いが同じようになってしまうのは見ていて面白みがない。

昔のブロックを積んだりするルールで、ロボット同士が邪魔しあったり、独自の戦略が出てきたり、積み終わったブロックを飛ばしたりすることがあって、そのほうが盛り上がると思うのだが・・・・今年は不景気の影響なのか!?

大会は中国が優勝して三連覇。NHKのスタジオでは、中国は企業がスポンサーについていてお金が日本の4倍あると言うことをさりげなく強調していたような気もするが、どちらにしても中国はすごいのだろう。

日本ではロボコンがあまり話題に上がらないが、放送を見る限り海外ではロボコンの注目度が高いようだ。私は一人の理系としてもっとロボコンが注目されてほしい。
NHKは番組の宣伝をあまりやっていなかったような気がするので、もっと宣伝をがんばったほうがいいのではと思う。
私が学校行事でチームの班長をやることになったときの話である。今までもそれとなく感じていたが、リーダーの役割の人物はいつも批判されていることに改めて気づかされた。

班に問題が起こるたびにリーダーに責任が押し付けられ、リーダーにいい思いをさせたくないとひそかに思っている人はリーダーに不利になるようにことを進めようとする。これではリーダーのやる気がなくなるのは仕方がないと思った。

どこかの本でよんだのだが、日本人は特にリーダーを批判する性質があるらしい。マスコミが政治家や医者たちを批判しているのは良く目に付く。私はこの性格が子供のころから根付いているのではないかと思ってしまった。政治家や医者が批判ばかりされてやる気をなくされたら、余計に日本がだめになってしまいそうだ。

このような学力以外の倫理・道徳のような教育も必要だと思う。
HⅡBロケットが無事に打ち上げられて一安心です。今回は生で見ませんでしたが、夜の打ち上げの雰囲気はいいですね。みんなが見ていないところでひっそりと偉業を成し遂げるところが好きです。昔M-Vロケットが夜に打ち上げられる中継を見ていましたが、あのときの感動は学校に行っている間も家に帰ってからも一日中続いていました。宇宙大好き小学生にとってロケット打ち上げはそんなにすごいことなのです。今の小学生もロケット打ち上げで感動するのかな・・・

ロケットの話からいきなり細かい話に飛びますが、最近ブログを書いていなかったのはパスワードを忘れていたからです。(10日間ログインしないとパスワードを請求される仕組みになっている。)高校生になってから、それほどブログに書く内容も見当たらなくなってしまいましたが、細々とブログは続けていくつもりです。
よく私のメールアドレスに間違いメールが届きます。
たとえば、「商品発送完了」という題名で、中身は、購入者の名前とか、買ったものとか住所とかが書いてある。おそらくネットショップで商品を買ったときにメールアドレスの欄を打ち間違えたのだろう。
(もしかしてメールアドレスなんて適当でいいから、適当に書いておこう。ということで私のところにメールが届いたのか?)

もちろん、悪用はしないし、このようにちょっと興味をそそるような内容でアドレスをクリックさせる新しい詐欺かもしれないけど(メールを見る限りそうは思えない)、とりあえず住所などだけではなくメールアドレスもしっかり確認しておいたほうがよさそうだ。
パナソニックがSDHCカードでCLASS10と名乗って売るようです。
まあだからといってすごいことでもないですが、問題は表記方法。SDカードのスピードクラスは最高でCLASS6のはず。これは6MB/秒以上の転送速度のこと。
つまりもっと早いSDを出してもCLASS6でいいのにパナソニックは勝手にCLASS10というものを作った。なんとなくここが怪しい。

SDアソシエーションではCLASS10は策定していないので、パナソニックは販促用にCLASS10を作ったようだが、いったいなぜ10なのだろう。パナソニックが言うには最高最大22MB/秒らしいのでCLASS22でもいいのに・・・
(私の推測だが、あとでサンディスクとかにCLASS30とかを出されないようにするため?)
マスコミがマスク売り切れといっているので、本当かどうか試しに行ってみた。
マスク売り切れなんて都会の話だと思っていたけど、近所の薬局でも売切れていたようだ。
張り紙で「新型インフルエンザ発生のため、マスクの入荷が遅れています。」とのことが書いてあった。ちなみにエタノールとか消毒液は売り切れていなかった。

まあ中には過剰反応だといっている人もいるけど、そんな軽率なことを言うなら自分でも気をつけたらいいじゃないかと思う。
高校ではまとめサイトを作らないようにしようと我慢していたのですが、結局我慢ができなくなってしまいました。
またホームページ上に宇都宮の高校のまとめサイトを作ろうと思います。

この高校には見所がたくさんあります。なかなか面白い高校です。
まだ入学したてでわからないこともたくさんあるので、2010年1月までを目標に公開します。

ではお楽しみに
(いろいろいそがしいので)
これからブログのコメント機能はなくします。
大事な用がある方はniwatorisakana@gmail.comにメールで送ってください。

細胞の勉強をしているときに、
そういえば、細胞は遺伝子の端っこについているやつがなくなってくると寿命っていう話があったな。
とおもって、調べようとネットで検索してみた。
しかし、ほとんど出てこない。あのウィキペディアでさえ出てこない・・・
いったいなぜだと思って、「遺伝子 寿命」で検索しなおすと、「テメロア」ではなく「テロメア」が正しい言葉だった。

どうもテロメアということばをテメロアだと思っていたようだ。
小学校ぐらいのときに、本で見ただけだからそのままテメロアかと思っていた。
それにしてもテロメアって、変な響き・・・
テメロアのほうがいいやすい気がするけど・・・そのうち慣れるかな。
サラリーのいた中学校では、エコキャップ運動というのをやっていた。(去年のことだから今でもやっていると思う。)
エコキャップ運動といえば、ペットボトルのふたをリサイクルして、その売却益でワクチンを買って寄付し、ついでに環境にもいいじゃん。といういかにも怪しい計画である。
しかしよく考えてみれば、エコキャップは400個集めて10円の募金にしかならず、二酸化炭素も3150g(焼却されないとすれば)しか減らない。これは、キャップを洗うための水道代(とその水資源)、キャップを運ぶための運賃(とその化石燃料)、キャップをリサイクルするための費用(とそのときに使われる資源)を考えれば、あまりにも無意味なように思える。そもそもペットボトル入り飲料を買わなければ、資源も無駄にならないし、その分お金も浮く。
ネットでも、エコキャップ、問題点、疑問、偽善、批判などで検索すればいくらでも問題点がでてくるが、どうしてこのエコキャップ運動がこんなにはやっているのか考えてみた。

せっかくなので、サラリーがいた豊郷中学校でのエコキャップ運動の実態について書いておく。
「地球に愛を」みたいなキャッチフレーズで、全校生徒にペットボトルのキャップを洗ってから集めるようにと呼びかけていた。
エコキャップ運動が始まったのは、節電節水より結果が目で見てわかりやすいというような理由だったと思う。
皆から集まったキャップは、結局汚いので調理室でまた洗い、タクシーでキャップを届けに行った。こんなことをやって中学生たちは「我々はエコであり社会貢献もした。」といっていたのである。なんてばかばかしい話だ。キャップが何個集まったかは忘れたが、それをどれぐらいの水で洗ったと思っているんだ!タクシー代にいくら使ったと思ってるんだ!(2000円)

まあ中学生はなにかと夢中になってしまうのでしょうがないかもしれないが、先生の一人でも「エコキャップは本当にエコなの?」という問いを生徒たちに示してくれれば、良かったと思う。

それはさておき、何でこんなにエコキャップ運動がはやっているのだろうか。
ここから先はサラリーの勝手な考えだが、ひとつになんとなくエコで社会貢献をした気に慣れるからだと思う。エコキャップを集めている本拠地の人(?)はエコキャップを集めると利益が出るはずだ。(じゃなければこんな無駄なことをしないだろう。)
その利益を出すために、エコキャップを集めると、エコにもなるし、社会貢献も出来るぞ。と呼びかけているんだと思う。
そして、それは「キャップを集めるためにかかるお金(資源)」には触れず、いいところばかりを謳っていった結果、いつの間にかエコキャップ集めはいいう事だ。ということで皆やり始めたんじゃないかと思う。

最後に、サラリーは厳密な計算をしていないので、エコキャップが本当にエコでないのかどうかはわからない。わからないので否定もしない。
でも、皆が言っていることをそのまま受け入れないで、本当はどうなのかを考えていくのは大切である。
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